大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成7年(ワ)23026号 判決 1997年12月25日

原告

株式会社山王エージェンシー

右代表者代表取締役

上村行男

右訴訟代理人弁護士

野方重人

被告

メイフラワーサッポロ株式会社

右代表者代表取締役

羽根田知也

右訴訟代理人弁護士

河合弘之

西村國彦

千原曜

松井清隆

松村昌人

松尾慎祐

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  事案の概要

本件は、被告において建築予定のゴルフ場に法人正会員として入会する契約を締結した原告が、被告が約定日までにゴルフ場を完成させなかったとして、被告に対し、右入会契約を解除するとともに、主位的に、支払済みの入会金及び預託金の返還を求め、第一、第二予備的に、各損害賠償を求めたのに対し、被告が、本件ゴルフ会員権は原告に譲渡担保権が設定されているので、被告にそれにかかわる管理処分権はないとして、原告の契約解除の効果を争い、かつ、本件ゴルフ場の開場に履行遅滞はないとして、原告の各請求を争った事案である。

第二  原告の請求

一  主位的請求

被告は原告に対し、一八〇八万一〇〇〇円及びこれに対する平成七年一月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  第一予備的請求

被告は原告に対し、七〇七万五七一三円及びこれに対する平成七年一二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  第二予備的請求

被告は原告に対し、二〇〇万円及びこれに対する平成九年一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第三  当事者の主張

一  請求の原因

(各請求に共通)

1 被告は、ゴルフ場の建設・経営を主たる目的として設立された会社である。

2 原告は、平成二年八月二三日、被告との間で、被告が募集中の北海道石狩郡所在「メイフラワーゴルフクラブ・札幌」という名称の本件ゴルフ場に正会員として入会する契約を締結し(以下、「本件入会契約」という。)、同日、被告に対し、入会金として二七八万一〇〇〇円を支払い、法人正会員資格保証金として一五三〇万円を預託した。

なお、同日、原告は、右預託金を支払うため、株式会社住友銀行神谷支店(以下、「住友銀行」という。)から一五三〇円の融資を受け、被告は、住友銀行に対し、原告の同銀行に対する右債務につき連帯保証した。そこで、原告は被告に対し、本件ゴルフ会員権(預託金返還請求権及び施設利用権等からなる複合的権利)を、右連帯保証契約に基づく求償権を被担保債権とする譲渡担保に供した。

3 被告は、本件入会契約の際、本件ゴルフ場は二七ホールで、平成四年夏までに工事が完成し、開場することを約した。

4 ところが、被告は平成七年一月に至っても本件ゴルフ場を完成させない。そのため、原告は、本件ゴルフ場でプレーする権利を侵害されたままである。そこで、原告は、同月三〇日、被告に対し、本件入会契約を解除する旨の意思表示をした。

(主位的請求)

5 よって、原告は被告に対し、右解除に伴う原状回復として、支払済みの入会金二七八万一〇〇〇円及び預託金一五三〇万円、合計一八〇八万一〇〇〇円並びにこれに対する契約解除の翌日である平成七年一月三一日から支払済みまで年五分の割合による民事遅延損害金の支払いを求める。

(第一予備的請求)

6 原告は右4の本件入会契約の解除により本件ゴルフ会員権を確定的に失ったが、これは被告の本件ゴルフ場の不開場という債務不履行によるものである。

また、被告は、平成七年五月一七日、原告の住友銀行に対する債務を代位弁済し、これによる譲渡担保権の実行により、原告は本件ゴルフ会員権を確定的に失ったが、これもまた被告の本件ゴルフ場の不開場という債務不履行が、原告に債務の支払いを躊躇させたところに、最終的な責任がある。

右被告の債務不履行により、原告は、住友銀行に対し支払った一〇〇〇万九三一七円の内、利息部分の四五九万四七一三円及び原告が被告に対し支払った入会金二七八万一〇〇〇円の合計七〇七万五七一三円の損害を被った。

7 よって、原告は被告に対し、右損害金七〇七万五七一三円及びこれに対する訴状送達の翌日である平成七年一二月二日から支払済みまで年五分の割合による民事遅延損害金の支払いを求める。

(第二予備的請求)

8 原告の右4項の本件入会契約の解除ないし被告による平成七年五月の本件ゴルフ会員権の譲渡担保権の実行により、原告は本件ゴルフ会員権を確定的に失ったが、その間約二年二ないし六か月、原告は被告の債務不履行によりプレー権の侵害を受け続けた。原告はこれにより慰謝料として二〇〇万円に相当する精神的損害を被った。

9 よって、原告は被告に対し、慰謝料二〇〇万円及びこれに対する平成九年一月一六日付け準備書面送達の翌日である同月一七日から支払済みまで年五分の割合による民事遅延損害金の支払いを求める。

二  認否

1  1、2項は明らかに争わない。

2  3項は否認する。

3  4項中、契約解除の事実は認めるが、その余は否認する。

4  6項は否認する。

5  8項は否認する。

三  被告の主張

1  (主位的請求、第一予備的請求につき)

(一) 原告は被告に対し、平成二年八月二三日、被告の住友銀行に対する連帯保証契約に基く求償権を被担保債権として、本件ゴルフ会員権を譲渡担保に供した。

(二) 債権に譲渡担保権が設定された場合、譲渡担保権者は当該債権に対する管理処分権を有することとなり、ゴルフ会員権でいえば、預託金の返還等の請求をすることができる。

その反射的効果として、譲渡担保権設定者は、当該債権に対する管理処分権を失い、ゴルフ会員権でいえば、預託金の返還等の請求をすることができなくなる。

したがって、原告には本件入会契約の解除適格がなく、仮に解除が可能な場合であっても、原状回復請求権としての金銭支払請求権の行使は許されないから、原告の請求は理由がない。

2  (各請求につき)

(一) 被告に本件ゴルフ場開場につき履行遅滞はなく、原告はプレー権を侵害されていない。

ゴルフ場の造成に当たっては、広大な用地、莫大な資金を要し、法令上の制約も多く、造成自体に長い期間を要すること、また、その間、社会情勢も変動する恐れがあることから、当事者間にゴルフ場開場予定日が合意されたとしても、同時に、社会通念上、相当として是認される程度の開場の遅れは、これを許容し、履行遅滞の責めを問わないとの暗黙の合意が含まれているものと解するのが相当である。

被告は、その怠慢で本件ゴルフ場の開場を遅延させたのではなく、本件ゴルフ場の開場遅延には次のような、やむを得ない原因があった。

① 工事可能期間の限定

北海道におけるゴルフ場造成工事には、季節的な限定があるため、一旦後発的遅延原因が生じた場合、工事停止期間が数倍に増幅されてしまう。

② 本件ゴルフ場建設工事を行う関連で、都市計画法、森林法、河川法等の行政法規の規制を受ける。

予期せぬ設計変更がなされた場合には、これら行政法規の手続き履践が要求され、膨大な手間暇がかかる。

③ 被告は、当初、すぐに工事にかかれるものと考えていたが、第一に、防災工事がすべて終わらないと本工事に入ってはならないと指導され、第二に、河川認定の問題が生じ、第三に、森林法の関連で、ごく小さな沢も埋めてはならないと指導され、第四に、悪天候による芝貼りの活着の大幅な遅延が生じた。

右のとおりであって、原告の主張する平成四年夏以降から平成七年五月一七日までの二年余の遅れでは、被告は未だ本件ゴルフ場開場の履行遅滞に陥っていないというべきである。

(二) 代替措置による損害の不発生

被告は、本件ゴルフ場がパンフレット記載の予定より遅れることに鑑み、入会契約者に対し、① 平成四年一月以降、「メイフラワーゴルフクラブ」において、② 平成五年一二月以降、「ハッピーバレーゴルフ場」において、③ 平成八年一月以降、「マサリカップ東急ゴルフクラブ」他七ゴルフ場において、年会費を納めることなく、各ゴルフ場会員と同じ条件でプレーできるよう代替措置を講じてきた。

これにより、原告の本件ゴルフ場でプレーできないという不利益は回復されたものというべきで、原告に金銭的な損害は生じていない。

四  原告の反論

本件において、ゴルフ会員権の譲渡担保権者は、原告に対して、本件ゴルフ場でプレーさせる義務を二年半以上にわたって怠り続けている被告である。

このような場合にも被告の承諾がなければ本件入会契約の解除が認められないとすれば、原告はプレー権が侵害されたまま、一方的に借入金の返済だけを強いられることになる。

これは、信義則に反する。

すなわち、原告の本件入会契約の解除には、信義則上、被告の同意は不要というべきである。

第三  当裁判所の判断

一  請求の原因1、2項は、被告において明らかに争わないから自白したものとみなす。

二  甲第二号証、証人大原和浩、原告本人の各供述及び弁論の全趣旨によれば、被告は、本件入会契約の際、本件ゴルフ場は、平成四年夏までに工事が完成し、開場する予定であることをパンフレットをもって広告した事実が認められる。

三  原告が、被告に対し、平成七年一月三〇日、被告が本件ゴルフ場を完成させないとして、本件入会契約を解除する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

そこで、まず、右解除の効力につき判断する。

四  原告が被告に対し、平成二年八月二三日、被告の住友銀行に対する連帯保証契約に基く求償権を被担保債権として、本件ゴルフ会員権を譲渡担保に供したことは当事者間に争いがない。

この場合、譲渡担保権者は当該債権に対する管理処分権を有することとなり、その反射的効果として、譲渡担保権設定者は、譲渡担保権者の同意がない限り、当該債権の内容に変更を及ぼす処分行為をすることができなくなるものと解するのが相当である。すなわち、譲渡担保権設定者である原告は、譲渡担保権者である被告の同意がない限り、本件ゴルフ会員権を消滅させる処分行為である、本件入会契約を解除する旨の意思表示をすることはできないものと解される。

本件において、原告は、被告の右同意があったことを主張立証しない。

五1  ところで、譲渡担保権者である被告が、同時に、ゴルフ場の建設主でもある本件の場合、被告自身、本件ゴルフ場を開場させないでおいて、他方、原告による本件入会契約の解除に同意を与えないことが、原告に対しプレー権を侵害したまま一方的に借入金の返済だけを強いることになる点において、信義則に反する場合があり得る。

そこで、原告による本件入会契約の解除の原因たる本件ゴルフ場の開場の遅延が被告の債務不履行というべきものであるかにつき検討する。

2  乙第一五ないし第二二号証、第二六ないし第二九号証、証人大原和浩の供述及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

本件ゴルフ場は、平成元年一二月一六日、開発許認可を得、平成二年三月から工事が開始された。

ところが、右の頃、北海道におけるゴルフ場開発に関して、行政庁による規制法令等の厳格化・運用の強化が行われるようになり、本件ゴルフ場においても、森林法に基づく「残置森林率の新基準」による広範囲な森林確保の指導が行われ、また、知事による二級河川認定が行われ、それに伴い、被告において調整池、大規模水利設備の設置等に多額の費用と日時を要することとなり、結果的に、被告はゴルフコースの設計変更を余儀なくされ、平成三年一二月になって、ようやく変更後のゴルフコースの工事認可を受けることができた。

現実に被告が工事の再開ができたのは平成四年四月になってからであった。

被告は、本件ゴルフ場の開場がパンフレット記載の予定より遅れることに鑑み、入会契約者に対し、① 平成四年一月以降、「メイフラワーゴルフクラブ」において、② 平成五年一二月以降、「ハッピーバレーゴルフ場」において、③ 平成八年一月以降、「マサカリカップ東急ゴルフクラブ」他七ゴルフ場において、年会費を納めることなく、各ゴルフ場会員と同じ条件でプレーできるよう代替措置を講じてきた。

本件ゴルフ場は、平成九年九月に一九ホール完成しており、同年七月からプレーに使用されている。

右のとおり認められる。

3 右認定の事実によれば、被告の本件ゴルフ場の平成四年夏までに開場予定のパンフレットでの広告は、あくまでもひとつの予定というべきであって、本件ゴルフ会員権を購入した原告との間で確定的な右期限の合意をしたものとまでは認めることはできない。

そして、原告が本件契約解除の意思表示をした平成七年一月の時点においては、被告は、行政庁の指導に応じたことによる本件ゴルフ場の開場の遅れに対する代替措置を講じながら、開場に向けての工事を行っていた最中であって、平成四年夏の開場予定から平成七年一月までの約二年半の開場予定の遅延は、いわゆるバブル経済破綻後の社会・経済状況等に鑑みるとき、社会通念上許容される範囲内の遅延といわざるを得ず、右時点において、被告の本件ゴルフ場の開場が履行遅滞の状態にあったとまではいうことができない。

そして、その後の経緯から判断しても、右時点において、工事完成の見込みがなかった、履行不能の状態にあったということはできない。

4 そうすると、被告が、原告による本件入会契約の解除に同意を与えないことが、原告に対する信義則違反ということはできない。

六 以上を総合すれば、被告の、原告の同意を得ない本件入会契約解除の意思表示は効力を生じないものといわなければならない。

そうすると、原告による有効な本件入会契約の解除を前提とする主位的請求、第一予備的請求は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がない。

七  また、以上認定の事実を総合すれば、原告が本件ゴルフ場の約二年半の開場の遅延によって、金銭で慰謝されるべき精神的損害を被ったとまでは認めることはできず、原告の第二予備的請求も理由がない。

八  以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官坂本慶一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例